
2025年5月9日・10日、「第6回全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト2025(DCON2025)」が東京・渋谷区の渋谷ヒカリエで開催された。
今回は42校95チームがエントリーし、応募数は過去最大となった。プレ大会も含めるとこれまでに50高専、全国58校のうち9割近い高専がコンテストに参加したことになる。

「DCON」はフィジカルAI時代の先駆者!?
DCONでは、高専生が「ものづくり技術」と「ディープラーニング技術」を掛け合わせた社会課題を解決する事業を考案。チームをベンチャー企業に見立て、技術面とビジネス面で評価を競う。
ここ最近では、OpenAIのサム・アルトマンCEOが生成AIの次のステップとしてAI技術を現実の物理的な環境で活用する「フィジカルAI」の重要性を語っており、全国高等専門学校連合会の大塚友彦会長は「時代がDCONに追いついた」と冒頭で挨拶。
ディープラーニング技術をソフトウェア・ハードウェアと組み合わせ競い合うDCONの重要性を再認識する形での開幕となった。

女性3人での登壇から越境チームまで、今大会はダイバーシティ!
過去最大の応募数から本選出場の切符を掴んだ10チーム。出場チームの「多様性」も今大会の特徴の一つと言える。
無人販売所から着想を得たという野菜の販売システム『AgriNode』を考案したのは岐阜高専と福島高専の合同チーム「Rebounder」。岐阜と福島は片道6時間かかるというが、その遠距離開発を事業への情熱で乗り越えた。
一関高専「Innodroid」は留学生を含む3人が登壇。価格や訓練の難しさから普及率が低い筋電義手を、安く簡易にした『FlexFit』を紹介した。

大阪公大高専「IdentiX」は、価格が安定しない養殖魚の飼料を「昆虫(ミールワーム)」に置き換えることで供給の安定を図ろうと、給餌・収穫などの自動化を行うシステム『Worm Farmer』を考案。女子の学生比率が3割と言われる高専では珍しく、女子学生3人がプレゼンを担当。「少しお見苦しいかもしれませんが」と前置きしつつ、虫だらけの画像を活用しながら説明した。

生活に根付いたプロダクトが続々登場
これまでは「BtoB」の事業案が比較的多かったDCON。しかし今大会では実生活での活用が想像できるような「BtoC」の事業案も数多く登場した。
仙台高専「Morinomiyako Oral Wellness」は、歯磨きを可視化し磨き残しを減らす「Properio AI」を開発。自宅の歯ブラシにデバイスをつけるだけで、磨けていない箇所が分かる優れものだ。
他にも、落とし物を管理してくれる『Locker.ai:LLM×スマートロッカーによる自動応対遺失物管理サービス』を披露した茨城高専「明日のDCON楽しみだね」チーム。
同級生が離岸流に巻き込まれた事故をきっかけに海辺の様子から離岸流を検知する『海難事故防止の必須アイテムRiCAS』を考案した沖縄高専「沖縄マリンレジャーレスキュー隊」など、身近な課題を解決したいという思いからスタートした事業が目立った。
その中で、本選初出場で3位に輝いたのは富山高専「Wider」が開発した『Smart Care AI』。育児の負担を軽減するAIカメラシステムだ。
3位:富山高等専門学校 本郷キャンパス / Wider

一般的に育児用のAIカメラは0歳児のベビーベットでの動きを監視するものが多い。『Smart Care AI』では対応年齢を6歳までとし、1台で1部屋360度の監視を実現。見守りの精度をあげた。
危険を検知すると保護者に通知を送ったり、音楽を流して子どもの注意を引く機能も搭載。さらには撮影した動画からとっておきの1枚を画像データにして親や祖父母で共有できるという。子どもが気に入るような愛くるしい「クマ」のフォルムが魅力的だ。

MPower Partners Fund L.P.の村上由美子氏は「赤ちゃんだけでは市場規模が小さいが、高齢者などの見守りにも転用できるのではないか」とアドバイス。より大きな市場でのチャレンジを後押しした。
村上氏のアドバイスを受けたチームは「より成長できるように頑張りたい」と更なる活躍を誓い「このメンバーでやれてよかった」と受賞の喜びを噛み締めていた。
2位:鳥羽商船高等専門学校 / ezaki-lab
惜しくも次点となったのは鳥羽商船高専の名門「ezaki-lab」が開発した、ノリ養殖をカモの食害から守るシステム『めたましーど〜ノリ養殖を食害から守る〜』だ。

国内需要が高い「海苔」だが、カモなどの被害により生産量が減り外国産に頼る状況になっているという。そこで「ezaki-lab」では、カモをAIで検知しレーザーで追い払うシステムを考案。カモをレーザー照射で撃退するという鳥羽商船高専生の力強い言葉に、会場がざわめく一幕もあった。
iSGSインベストメントワークスの佐藤真希子氏は「一見ニッチなサービスに感じるが、海を守るテクノロジーは足りておらず需要がある。サービスとしてスケールするのではないか」と大絶賛。
チームは「これだけ素晴らしい作品が多い中で2位をいただけて非常に嬉しい、事業化に向けて頑張りたい」と語った。

今大会ダントツの企業評価額で圧勝
1位:豊田工業高等専門学校 / NAGARA
映えある最優秀賞に輝いたのは豊田高専チーム「NAGARA」の「ながらかいご」。深刻な人手不足に悩まされる介護現場で、いまだに手作業で行われている記録作業をAIの力で自動で行うシステムだ。

介護施設では、介護士と利用者の会話が多ければ両者が心地よく過ごせるが、介護士は事務作業に追われてこうした時間が取れていないのが実態だ。
実際に学校近くの介護施設を訪れてこの状況を知った彼らは、なんとかしたいと事業開発をスタート。
ケアのため常に両手が塞がっている介護士でも利用しやすいよう、腕に装着するウェアラブル端末のマイクを用いて自動で記録を作成する形を考案した。 数多くのヒアリングを重ねたことで業界の解像度も高く、ウェイティングも複数あり、ピッチ終了後には審査員全員が投資の札をあげた。


圧倒的な実力を見せつけた豊田高専。1位で名前が呼ばれるとチーム全員が雄叫びをあげた。
先端技術共創機構(ATAQ)の川上登福氏は、施設へのヒアリングを重ねた彼らを「圧倒的な現場感があった、その結果がウェイティングリストにつながったと思う」と賞賛。圧倒的な企業評価額「7億円」の評価となった。
また「介護福祉ソリューションでは、ITツールに詳しくない人も使えるインターフェースにする事が大事」と、腕に装着する形にしたことを評価。今後についても「さらに現場感を高めて、介護業者としてやっていけるくらいになってほしい」と鼓舞した。
チームは「企業評価額にもびっくり、優勝できたことが何よりも嬉しい」とコメント。賞金は「もちろん起業資金に使う」とし、「介護業界を本気で変えたい、現場の介護士さんがやりたいことに注力できるようシステムを開発していきたい」と語った。
メンター:株式会社jig.jp 取締役 創業者 福野泰介氏
メンターを務めた福野氏は彼らのチームワークを絶賛。他のチームに比べて「圧倒的にやる気が違う」とした。また「チーム全員が高齢者に対する思いと、技術力がある」と説明。メンター自身が「チームのパワーに助けられて、見ていて本当に楽しかった。今回メンターとして参加させて頂いて良かった」とコメントした。

1日目の技術審査、2日目のプレゼンテーション審査を経て発表された結果(企業評価額)は以下の通り。

市況を反映したピリ辛評価、大会は新たなフェーズへ
1億円を超える企業評価額が6チームについた前回大会に比べ、今回は1億円以上が2チームと全体的に辛口評価だった。下り坂の市況を反映した形だが、1位の豊田高専は「7億円」の高評価を勝ち取った。
これについてDCON実行委員会 実行委員長のの松尾豊氏(東京大学大学院工学系研究科 教授)は「ディープラーニング技術を活用するため、これまでは新たなソリューションを生み出す“シーズ志向”が強かったが、回を重ねてビジネスとうまく融合してきた。技術トレンドと社会的ニーズが噛み合うようになった」と分析。これまでDCONに集った高専生たちの経験が後輩たちに確実に受け継がれたことで、事業案がパワーアップしていると説明した。

また松尾実行委員長は全国の高専が地方創生の主役になるとし、「高専発のAIスタートアップが地方で生まれれば、それが地方企業のDXやAI化支援に繋がり地方をエンパワーメントできる。経済に非常にいい効果を連鎖的に起こせる」と期待を寄せた。
「思い込みを払拭し、自分の可能性を信じて」
松尾実行委員長は全国の高専生に高いポテンシャルがあることを見抜き、その技術力と実装力を高専の外にも発信したいとDCONを立ち上げた。「高専生だから、地方だからここまでしかできないと思い込まないで欲しい。心の中にあるストッパーが自分たちの能力を制限している部分もあると思う。それを取り払っていきたい」と熱く語った。
深い専門知識と、実践的なスキルを身につける高専。現在は全国に58校あり、卒業生も合わせると50万人以上が学んできた。その教育方法が高く評価され海外にまでシステムが輸出されている。
高専生が日本ひいては世界を牽引する人材であることは間違いない。AI時代において、彼らが果たす役割は大きい。

この記事を書いた人:山田みかん
プロフィール:元テレビ記者。高専OBの起業家と出会い「高専の魅力」を発信したいと独立。現在は高専OBOGや高専教諭にアドバイスをもらいながら、報道機関のDXシステムを開発している。